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17/2/28 音楽ノート|2015年~今年にかけて録音していたオリジナル曲や、20年前、子供の頃に作った曲など……たぶん30曲くらい追加。

2016年9月9日金曜日

『よるのないくに』って

Playstation plusで今月フリープレイの『よるのないくに』を遊んでいますけどね、このゲーム、

ストーリーぺらっぺらっぺらぺらっぺらだな!!
 
といっても、少し検索してみるとやはりストーリー難ありのレビューが多く、だいたい発売は去年なのであるからいまさら何を言ってもというところだが、いや、それでも、どうしても自分の言葉でいいたくなってしまうくらい、ぺらっぺらぺらっぺらぺらんぺらんなのである。

ひとまず2章まで進めた!
なので以降の展開によってはなんらか意図的であったと判明する可能性もある!

そのうえでまず!

まずな!?


このゲームの舞台は、800年前のなんかファンタジーな戦い以降、夜は魔物が跋扈する危険な時間となってしまった世界で、世界崩壊を防ぐべく生贄となる巫女と、その親友で「教皇庁」なるところのエージェントである少女の友情の話……だと思う。

まず、この2人の娘さんたちが、オープニングのド頭から「超仲が良い」。
抱き合う、飛びついてのしかかる、一方的に養いたいと言いだす。どうみても百合ップルとして成立している。
そんな2人だったが、一方が巫女であるばかりに、世界の平和のために引き裂かれんとしている。

RPGにおいて、
「最初から完成された関係に危機が迫る」という設定は、 
そもそも面白くないと思うんだよ。

RPGというのはゲーム内プレイヤーがLv1からスタートするジャンルだ。プレイヤーの腕前と一緒に、ストーリーを辿って、数値という解りやすい形で成長するジャンルだ。
だのに、このゲームの物語は幸せ最高潮の2人が別れの予感にびくびく怯えながら過ごす話になっている。
テンションが落ちていく構造、と感じるのだ。

「幸せだったはずが」で始まるRPGは多いが、大抵オープニングが終わりプレイ可能になるころには「もう世界が崩壊した後」か、「主人公が力不足や未熟さを痛感した状態」だ。
それを平和や、身体的・精神的成長に持っていくから、プレイヤーのテンションは上がるもんだと思う。

勿論世の中にはあえて喪失を得ることが解りながらも進まざるを得ず、それが心地よいゲームもあるだろう。
FF10では最後、主人公は消えゆくと解って戦いに挑むし、RPGじゃないがメタルギアソリッド3では最後、任務のために師匠を撃ち殺す。
ただそれらはきちんと、プラスに向かっていく目的が明示されたうえで、その手段として「犠牲」というパフォーマンスを行っている。いずれも、それまで自身が行ってきたことや、他のキャラクターたちの想いを正当化するために、物語終盤でその犠牲を払っている。

『よるのないくに』も世界か? 親友か? ということでプラスの垣間見えなくもない構図なのだけれど、物語ド頭でそれを問われても何にも感じない。
800年前の戦争だ、恐ろしい妖魔だ教皇庁だと、どれだけ重厚な「設定」を音読されたところで、そんな世界、少なくとも私は知ったこっちゃない。そんならいいから迷ってないで親友を助けろとなる。

これが、この娘さん2人が初対面であったり、嫌いあう仲であれば良かったのではないかと思う。
世界を救わなくてはならないのに、せっかく出会った巫女とエージェントは自分勝手に衝突を繰り返す……いざ巫女が生贄だと知っても憎まれ口を叩くばかり……とかであれば、ありがちかもしれないが、テンションを上昇方向には持っていける。

良い方向に進んでいるなあ、という足がかりさえあれば、あとは勝手にこちらで楽しんでいくというのに、なにを最初から上がりきってんだお前たちは、という具合である。

もうひとつよくないことに、基本的にこのゲームは「キャラクターの対比」を完全放棄している。
B級映画だって「キャリアと武闘派の刑事コンビ」が組むから面白い。泥棒コンビは「ヤセでノッポとデブでチビ」だから話が進む。拳銃使いのコンビなんかプレイヤーで組んでもイマイチだけど、「拳銃の名手」と「日本刀を用いた○○流の末裔」コンビだったらなんべんでもストーリーはできあがる。

このゲームでは強いていえば気の強い主人公(さっきから名前思い出せないんだよ)と、ドジっ娘でスットロい巫女のリュリュ。世界よりもリュリュを守りたい主人公と、主人公を想いながらも役目をまっとうする事を選ぶ巫女のリュリュ。というくらいか。
それを除けば、主人公もリュリュも、ロングヘアーでノー眼鏡で巨乳である。
せめて髪型はもうちょい差をつけないかなあ!

それから拠点のホテルに現れる2名の男性宿泊客も、まったく意味なく互いに似ている。
髪の長さはほぼ同じだし、モノクル男子とメガネ男子だし、体型もちょっと筋肉質かそうでないか程度で、背も変わらない。
一応「2人とも(行動原理が)そっくりだな」「兄弟ですかね?」みたいな掛け合いはあるが、それって見た目が同じ時に使うギャグじゃないだろう。

こんなんなので、ロクにキャラクターの掘り下げが行われない。
違いが提示されるからキャラクターというのは立つだろうに、似たもの同士では、特に理由のない限り「じゃあ1人でいいじゃん君たち……」となる。

長くなったけれど、つまり、キャラクターの設置のしかた・考え方に思慮が見えないのだ。

で、上記のようにワクワク感のないストーリーだ。

一応いえば、セリフ回しもケチをつけられる。
「教皇庁」なるものにいちいち反感をあらわにする主人公は、いかにも男子中学生が寝る前に考えた"とりあえず権威や強大な力に歯向かっておけばカッコいい"オリジナルキャラクターの姿のように見える。
これには、主人公がなんべん舌打ちしようと、言葉だけで「あいつらのいいなりになったら魂まで盗られかねん」なんてセリフを言おうと、私は別にそこまでいうほどの教皇庁の悪事を見ていないので、共感しようがないということがある。
一方、なんらか事情を持って主人公を翻弄する「教皇庁」の親玉は、時折イベントシーンに現れ、なんだったら「噂をされてくしゃみをする」というギャグシーンも披露する。これは「悪を描き切れない(間が持たない)未熟さの避難先」と感じられる。

まだまだ言えるぞ。
21世紀もこなれてきた現状に、「食べた瞬間昏倒するほどマズいカップケーキを作っちゃう」という料理下手属性はなにごとだ。
そういうのはときメモの紐緒さんを最後にして20世紀に置いておくべきものだ。
そんなところも「あ、なんか、何も考えずにやったでしょ……なんか……」という思いを蓄積させる。

極め付けは、任務から帰って無事を喜び合ったと思ったら、まぁったくストーリーの流れに関連せず、突然ホテルのロビーでダンスを始め出す2人。
そのままスタッフロール流れてたほうがまだ面白いわ!

このシーンはなんかセリフ運びも「そういうところがずるいのよ! いっそ冷たい人だったら良かったのに――」などとミュージカルのようで、「はいはいよく思いつきましたねその"妄想.txt"」というだけの印象しかない。
入れたいと思ったシーンを、ゲーム制作ノウハウのあるたくさんのスタッフの力を用いて具現化した、ただそれだけのものだ。
同じ脈絡のないシーンのコラージュなら、インド映画のほうがまだ見るものを楽しませようとする心意気がある。
いや、インド映画に失礼だ。

ともかく、

RPGのストーリーを作るなら、概ねプラス方向でないと物事は成り立たない、と思うわけである。

良いんだよ、最初はドカンとマイナスで始めて。
「何百年前……」とか設定で無理やり大仰にしても、こっちはどうせ「早くキャラ動かせないかなあ」しか考えてないんだよ。
竜王がいつ現れたかとかどうでもいいんだ。それを倒してローラ姫を倒すというゴールがあれば楽しく遊べるんだ。
「そのまま維持されていたほうが幸せに違いない」ものが目的の見えないまま不安にさらされるのが、テンションの波を考慮せずただ場繋ぎだけをしているように見えるのが、このゲームについて、「誠にストーリーがぺらっぺらぺらっぺらっぺらぺらんぺらららんらんぺらんであるなあ!」と断言させるに至っているのだ。

『よるのないくに2』はシナリオ担当が代わるらしいけれどね。

とにかく、このご時世、フルプライスのコンシューマゲームってのは気を遣って作らなきゃあ、ソシャゲに食われる道楽ごとになっちゃうんだから、「本当にそういう物語を提供したかったのか」、今一度ゲームを作る目的をゲーム会社は考えて頂きたいものです。